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文字と背景

 【現場レポートvol.05】音楽×演劇の新境地にアクセシビリティを── ヌトミックが挑む新たな創作のかたち

2026/02/18

撮影:山口雄太郎

創作コンセプトと作品背景

ヌトミックは西洋型のミュージカルやオペラとは異なる、日本語の響きと音楽が拮抗する舞台言語を模索してきた。今回の舞台『彼方の島たちの話』では「自死」という重いテーマを扱いながらも、音楽と言葉の関係を再設計し、俳優と音楽を対等に扱う構造を目指した。音楽はBGM的な補助ではなく、物語を駆動する主体として位置づけられ、字幕によってその意図が言語化されることで、観客に新たな視覚的・聴覚的体験を提供した。

撮影:山口雄太郎

鑑賞アクセシビリティ導入の特徴

今回の最大の特徴は、話者名や音情報入りの日本語字幕を始めとする鑑賞アクセシビリティを「後付け」ではなく作品の構成要素として制作過程に組み込んだ点にある。ヌトミック制作の河野さんはこう語る。「話者名や音情報入りの日本語字幕は、台詞だけでなく、音や音楽を表現する言葉など、作品の受け取り方を左右する情報を多く持つ。音楽が大きな構成要素となるヌトミックだからこそ、字幕も作品を表す言葉の一部と捉えて、字幕の言語表現の可能性を提示したいと思った」。この言葉が示す通り、字幕や音声描写は単なる補助ではなく、作品の質を高める創造的な要素として位置づけられた。当初日本語字幕の導入はアクセシビリティ回のみの予定だったが、検証を経て全公演での実施に踏み切った。字幕はセリフの先出しを避け、発話完了直前に表示するタイミングをの妙を追求。さらに、LEDパネルを使った字幕デザインにより、文字サイズや表示方法を最適化した。

撮影:山口雄太郎

多角的なアクセシビリティの向上へ

本公演におけるアクセシビリティ全般の監修を担ったのが、キュレーターの田中みゆきさんである。田中さんは創作初期から参画し、後述のような字幕や音声描写の設計方針に関する助言、当事者参加型の検証プロセスの支援を行った。加えて、音声描写(オーディオ・ディスクリプション)のスクリプトの執筆も担った。

制作と運用の工夫

字幕の制作は、まずはじめに田中さんの発案で、俳優、スタッフ、聴覚障害がある方々を交えた「音の言語表現を探るワークショップ」を実施し、言語感覚の擦り合わせから始まった。字幕は本作の劇作を務めた額田大志さんが執筆、字幕デザインを映像ディレクターの小西小多郎さんが担った。小西さんはプログラミングによって、リアルタイムで音楽に合わせて文字を揺らす演出を導入。本番のオペレーションも担い、毎回のパフォーマンスに精緻に同期するライブ運用を実現した。 音声描写は田中さんがスクリプトを執筆し、ナレーションはヌトミックへの出演経験をもつ俳優の佐山和泉さんが上演に合わせてリアルタイムで吹き入れた。事前に当事者参加の検討会も行い、直前まで推敲が重ねられ、舞台上の空気感と一体化した表現を追求した。

撮影:山口雄太郎

演者の反応と演出効果

演者の反応は概ね肯定的で、他作品での経験もあり拒否感は少なかった。一方で「台詞と字幕が答え合わせになってしまう」懸念があがり、字幕は先出しせず、俳優の発話完了に合わせて表示する設計を採用した。河野さんは「関係者全員の理解と協力を得て実現できた。結果として自分たちが想像していた以上に、舞台上の字幕の存在が、鑑賞のための一つの手引きとして機能した」と語る。字幕は単なる情報保障にとどまらず、作品のクオリティを高める演出要素となった。特に、台詞から音楽へ移行する場面では、繰り返される言葉がひたすら縦に連なる文字の羅列となって、余韻や言葉の重みを強調し、視覚的なリズムを生み出した。

撮影:山口雄太郎

観客の反応と来場支援

観客からは「字幕が良かった」「音楽の意図が理解できた」といった声が寄せられた。台詞と音楽が重なるなど聞き取りにくい場面で内容認識を補助し、聴者にも効果的だったという評価があったという。また、今回の鑑賞アクセシビリティの取組をきっかけに「字幕があるから来た」という新規来場者が増えたそうだ。来場支援として、駅から劇場までスタッフが同行する試行も実施され、視覚障害者にとっての移動支援の重要性も再認識された。

ロビーでの音声描写機器貸出
ステージ模型

情報発信とコミュニティ連携

情報発信の重要性も再認識された。河野さんは「劇場に来るまでの不安を解消する丁寧な情報発信が、来場の鍵になる」と語る。単なる告知ではなく「安心して楽しめる」具体情報の共有が、行動の変容につながる。今回、田中みゆきさんを通した視覚障害者のコミュニティや“聴こえなくても・見えなくても観劇を楽しみたい方と、台本貸出や手話通訳、字幕投影などを担う団体、公演主催者・劇場とをつなぐ活動”を進めているTA-net(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)との連携により、障害当事者のコミュニティ内で情報が広がり、「信頼できるから行ってみよう」という動機形成に繋がった。終演後には利用者へヒアリングを行い、視覚・聴覚障害がある方の意見が共有される好循環も生まれた。

さらなるアクセシビリティ向上に向けた課題

業界全体として、主催者側のノウハウの蓄積が圧倒的に不足している。近年、鑑賞アクセシビリティの取り組み事例は増えた一方、どの団体も一から手探りで制作しており、サポート内容の質を高める段階にはなかなか行きつかない。今回、字幕は額田さん自身が執筆したが、戯曲を書いた作家や演出家が字幕に関わることで作品と一体化したアクセシビリティが提供できる一方で、田中さんが音声描写の台本を執筆したように、作家の手を離れても、創作に寄り添い、作品の意図を汲み取ることのできる専門家と協働するという選択肢が当たり前にあることも重要である。現状は、芸術文化へのアクセシビリティを高める様々なサポートに関与する専門的知見を有する人材が不足しており、専門家の養成が急がれると河野さん。

今後の展望

ヌトミックは、鑑賞アクセシビリティを作品の一部として無理なく継続可能な形で組み込む方針としている。固定観念にとらわれない設計に挑み、劇場との協働による受け入れ体制整備を進めるその姿勢に期待する声も強い。今回の取り組みは、アクセシビリティの枠を超え、演劇の創造性を拡張する可能性を示している。

お話お聞かせいただいた河野さん